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家族が虹の橋を渡っちゃいました。
思い出話と振り返りです。

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18年前家の屋根とベランダの隙間で生まれた数匹の子猫の一匹
とてもどんくさく親見捨てられちゃったんでしょうね
一匹だけ取り残されて二日間様子をみてみたけど迎えが来なかったみすぼらしい黒猫を保護したのが"にゃー"との出会いでした

黒猫ですが毛の根元が白くみすぼらしく見えるのと、人見知りで懐かない、牙をむく、声が悪い(子猫なのにかわいい声とは言えなかった)のいいとこ無しの子で、貰い手が見つからなかったので飼う事になりました。
当時家にはシマリスとウサギが居たので大丈夫かなと心配しましたが、臆病などじっ子だったので逆にシマリスに追いかけまわられる始末。
「鼠に追いかけられる猫の図、アニメで見た事あるわ~」な感じでした。

臆病だけど優しい子でした
もう一匹にゃんこをお迎えして分かった事でしたが、この子は人を踏みませんでした。
もう一匹の子は寝転がってたり座ってたりすると、容赦なくお腹を踏みつけて走り抜けていく、高い所からお腹の上に遠慮なく着地する子なんですが、"にゃー"はそういう事をしない子でした。
ちゃんと避けていくんですよね。
避けれない場合は困った様にその場に立ち尽くしてしまう。
ああ、この子は優しい子だな…と感じる時でした。

”にゃー”はよく病気をする子でした。
体はとても大きい子ですが(動物病院に行く度に「でかいねー」と言われ、診察台から体がはみ出るでかさでした)、尿道が小さいらしくおしっこを詰まらせる事はしょっちゅうでした。
今思えばこの尿路結石を少しでも抑えていればもう少し長生きできたかもしれませんね…
特にひどかったのは8年前。死にかけた事があります。
原因は結局よく分からなかったのですが、大病をして、餌も食べない水も飲まない状態が一か月近く続きました。
8キロ近くあった体重が5キロ位まで減って、苦しんで…お医者さんからは安楽死も勧められました。
ですが、母の看病のおかげで少々後遺症は残しつつも回復。
安楽死を選ばなくてよかった。その後8年も生きられた子の生を終わらせる事を決断しなくてよかったと…

今回は腎臓がやられ、首に腫瘍、最後は口に悪性の腫瘍ができてしまいました。
腎臓がやられた時点で食欲が落ち、口の腫瘍で食べる事が出来なくなってしまいました。
食べる事が本当に大好きな子だったので日に日に痩せていく子を見るのが辛かった…
7キロまで戻した体重も3キロちょいにまで減ってしまい、軽くなった"にゃー"を抱っこする度悲しい気持ちになりました。
病院に通って治療をしていけばもう少し長く生きられたかもしれません。
でも例に洩れず病院嫌いな子。
病院に通い続けてストレスを与えるよりも…と家で見守る事にしました。

昨年10月に先は長くないと告げられて、好きなものを食べさせてあげるといいと言われて、食べてくれるものは何でも買ってきては与えていました。
生魚を買ってきては焼いてあげて、肉を買ってきては湯がいてあげて…
手間もお金もかかったなぁ(苦笑)
口の腫瘍が出来ちゃった後は流石に病院で貰った流動食でしたが、それでも一昨日までは自力で階段を下り、庭で日向ぼっこをしていました。
ですが、その日の夕方に突然歩けなくなり、翌日はぐったりと寝たきり。
覚悟は決めてました。
一日付き添い、撫でて声をかけ、最後は苦しそうに口で息をする”にゃー”に「大丈夫」「えらいね」「ありがとう」「大好きだよ」と言う事しか出来ない不甲斐なさに押しつぶされそうになりながら最後を看取りました。

4月19日午前1時20分頃の事でした

「本当にありがとう」としか言葉が出ないですね。

あとは「ごめんね」と…
もっと何かしてあげられたんじゃないか。
病院に通う事を選んでいればもっと長く生きられたんじゃないか。
昨日の時点で安楽死を選べば最後苦しい思いをしなくて済んだんじゃないか。
後悔ばかりです。

まだ”にゃー”はそこに居るんですが、いつものように眠ってる様にしか見えないんだよね
「ごはんだよ」って言ったら起きてくるんじゃないかなぁ…


”にゃー”と過ごした18年間。楽しかった。本当に楽しかった。

ありがとう


ずっと 大好きだよ

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